華恋
ねえ咲良、この前のりんごの話さ、結構ジワるんだけどさ
なんか普通に見えてるつもりのものまで、怪しくない?って思えてきたわ
咲良
あれ、結構気にしてるのね
でもね、フッサールがやろうとしていたのはね、ただ変な問いを出して周りの人を困らせることじゃないのよ
華恋
そこよ、わたしが気になってたところは
結局その人は何をした人なのかな
りんごの色でみんなを混乱させたかったわけじゃないんでしょ?
咲良
もちろん違うわよ
フッサールはね、わたしたちが何かを見たときに、すぐ分かったつもりになってしまうことを問題だって考えてたのね
その癖をいったん止めてみたらどうかなって思ったのね
華恋
分かったつもりって意識はないんだけどな、分かってるんじゃないのかな、もちろん勘違いしてたこともあるけどね
人の話でも何かの投稿でも、ちょっと見ただけで、あ〜こういうこと言ってんのねってすぐ思っちゃうからね
咲良
そういうことよね
わたしたちはね、見たり聞いたりしたことを、そのまま受け取ってるつもりでも、実際には自分にはどう見えたか、自分がどう受け取ったかを通して物事に触れているのよね
華恋
りんごの赤い色の話も、そこにつながってるわけか
同じりんごを見てても、見え方そのものまでも他の人と一致してるなんて、簡単には言い切れないよね
咲良
ええ、そうよね
だからフッサールは、いま見えている世界はこういうものだって急いで決めてしまう前に、まず自分には何がどう見えているのかを、丁寧に確かめてみる必要があるんじゃないかなって思ったのね
そういう見方のことを現象学って言うのよ

華恋
現象学って、もっと難しい学問の名前かと思ってたわ
でも話聞いてると、いきなり難しいこと言われてるんじゃなくて、まず落ち着いて自分が見たものを、もう一度見直してみようって感じのことなんだよね
咲良
まさにそういうことなのよね
例えば誰かの表情を見て、機嫌が悪そうだなって思うこととかあるでしょ?
でも後で、その人はすごく眠かっただけとか、急いでいただけみたいなことが分かるときもあるよね
そのときわたしたちは、相手そのものを知ったというよりも、自分にそう見えてしまった相手のイメージを、それが相手そのものだって思い込んでしまってるのね
華恋
それって、あるあるだよね
SNSでも写真一枚とかちょっとした文面だけで、この人はこういう人だって決めつけちゃったりするしね
咲良
フッサールは、そういう早合点をそのまま放置しなかったのね
見えたものをすぐに意味づけする前に、まず見えたこと自体を、丁寧に見直そうとしたところが、大事な点だと言えるわね
華恋
なるほどね
見えている世界を説明する前に、自分がそれをどう受け取ったのかを確かめるのが先だってことね
派手なことじゃないけど、かなり大事なことを言ってたんだって気がしてきたわ
咲良
当時は学問の世界でも、物事をきれいに説明することが重視されていたのね
でもフッサールは、その説明の前に、そもそもわたしたちは何をどう受け取っているのか、そこを見直さないと危ないんじゃないかって考えていたのね
華恋
なんか少し分かってきたかも
現象学って、世界の秘密を暴いていく学問じゃなくて、わたしたちが見たり聞いたりしている、その出発点を確かめていく考え方なんだね
咲良
そう言えるわね
見えているものを、見えているままに確かめようとする
それがフッサールの現象学の入り口だとも言えそうね
華恋
りんごの話から、ずいぶん話が広がった感じがするわ
でも逆に、普段どれだけ適当に見てるのかを思い知らされた感じだよ
咲良
その感覚が大事なのね
でもフッサールは、そこで終わりにしたわけじゃなかったのよ
次はその辺りを見ていこうか

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