「I’m Not in Love」という曲は、曲の雰囲気が独特の世界観を持っているためか、日本でもかなり知られているのではないかと思います。1972年にイギリスで結成された、10ccの代表曲であり、1975年の「オリジナル・サウンドトラック」からシングルカットされ、全英1位を取った曲です。
実際に聴いてみると、いったい幾つの音が鳴っているのかと思うほど、コーラスや伴奏が重ねられています。コーラスについては、メンバーの声を何度も重ねて、数百人分のような厚いコーラスを作っているそうです。それなのに少しもうるさい感じにはなっていません。高い声も低い声もキッチリ整理されていて、音数の多さが圧迫感にならず自然な広がりになるように構成されています。70年代から80年代にかけて、音作りに凝った曲はたくさんあったはずなんですが、音の雰囲気だけでここまで強い印象を残している曲は、そう多くはないような気がします。この曲が名曲と呼ばれているのは、メロディーだけでなく、こうした音の作り込みがずば抜けて優れていたからだと思います。
だからこそ、聞き手の私たちはどうしても音の方に気を取られてしまいます。でもこの曲は歌詞を見てみると、音の雰囲気とは少し違った表情をしています。曲名では「恋なんかしていない」と言っているのに、歌の中の男性はそんなに割り切れた感情ではなさそうです。相手の写真は壁に貼ったままだし、自分から電話までかけています。しかし、それを大した意味に取るななんて言い方までしてしまいます。おまけに友だちには話さないようにと釘まで刺してしまいます。どう見ても未練を引きずっているのに、口では平気だと強がっている男性の姿が見えてきます。

J-POPで例えたとすると、ちょっと槇原敬之さんの「もう恋なんてしない」に似ている気がしてきます。もちろん細かい状況は違うし、槇原さんの方がもっと生活感のある書き方をしていると思います。でも、気持ちがまだ残っているのに、口では強がってそれを打ち消そうとする感じは似ていると思います。ただ、10ccのこの曲は、そうした強がりや未練を、生々しくは聴かせてきません。普通ならもっと湿っぽくなりそうな内容なのに、実際に耳に届くのは、よく整理されて細かく設計された上品なサウンドなんですね。歌詞だけ読めば未練の残る男の歌なのに、音は少しも取り乱していないんです。この落差が、この曲を普通のラブソングではないものにしているのだと思います。
日本では10ccといえば、まずこの曲を思い出す人が多いのではないでしょうか。もちろん他にもたくさんの曲を出しているのですが、「I’m Not in Love」があまりにも出来すぎていて、かえって他の曲が表に出にくくなってしまった一面もあるのかもしれませんね。そう考えると、この一曲だけでグループ全体の印象を決めてしまった、強烈な代表作だと言っていいと思います。音作りだけでも聴く価値はあるのですが、歌詞の内容まで見えてくると、さらに忘れがたい一曲になるかもしれませんね。

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