咲良の音楽余話

咲良の音楽余話

ニューウェーブという流れ

ニューウェーブの登場により、日本の音楽は新たな境地へと進みました。1970年代後半から1980年代にかけて、ヒカシューやプラスチックスなどのバンドが、音作りに不自然な要素を積極的に取り入れました。これは、音のズレや違和感を表現の中心に据え、聴き手に新たな体験を提供することを目指したものです。クラフトワークから続く電子音楽の流れを基に、日本独自の音楽ジャンルとして発展したこの動きは、音楽そのものの面白さを前面に出すことに成功しました。
咲良の音楽余話

テクノポリスの時代 日本で広がった電子の音

1970年代後半の日本、シンセサイザーが新たな音楽を創り出す。冨田勲のドビュッシー再構成から始まった電子音楽の波、そしてイエロー・マジック・オーケストラのテクノポリスが音楽界を驚愕させた。日本のテクノはクラフトワークの影響を受けつつも、独自のポップでユーモラスなスタイルへと進化した。
咲良の音楽余話

ロックバルーンの向こう側 ドイツから聞こえた電子の音

ドイツのポップスと言えばNENA、しかし西ドイツのクラフトワークはその先を行く。シンセサイザーがもたらした電子的なリズムは、1980年代のニューウェーブやテクノの基盤を築き、音楽の新たな可能性を切り開いた。