荀子という名前は、孔子や孟子ほど一般には知られていないかもしれないんですけど、中国思想の流れを見ていくと、とても重要な位置にいる人物なんです。特に興味深い点は、荀子は孔子や孟子と同じ儒家のグループに分類されるんですが、人間に対する見方ではかなり違う立場を取っているんです。孔子は礼や徳を重視していて、社会の秩序をどう立て直すかってことを考えていた人だし、孟子はそこからさらに考えを進めて、人の本性にはもともと善いものがあるって考えました。それに対して荀子は、人は放っておけば欲望のままに動きやすくて、そのままでは争いが頻繁に起こるって見てたんですね。
儒家の中では、荀子だけが少し冷酷な厳しい考え方をしているような感じがするかもしれませんね。でも実際には、荀子も孔子や孟子と同じように、社会をどうやって整えて、人が人らしく生きるためにはなにが必要なのかを真剣に考えていた人物だったんです。ただ荀子は、その答えの出し方が二人とはかなり違っていただけなんですね。特に孟子の答えとは、正反対のように見えてしまうこともありますよ。
今回のお話では、まず儒家の基本的な考えに触れながら、孔子、孟子、荀子の流れをまとめてみようと思います。同じ儒家なのに、なぜ荀子だけが性悪説という少し冷たそうな考えに、辿り着いてしまったのかを見ていくことにしましょう。性悪説という言葉のイメージだけで決めつけてしまうと、実は見落としてしまう部分も多そうなんですよね。その背景や意味するものを丁寧にひも解いていきましょう。
儒家とは何か?孔子が考えた社会の立て直し
諸子百家の中で、儒家というグループに分類される思想家の考えは、ざっくり言うと、人の生き方を見直して社会の秩序を立て直そうというものでした。孔子が生きていた春秋時代の中国では、かつて周の王朝が持っていた秩序がかなり緩んできていて、諸侯どうしの争いが増えてきており、身分や役割の規律が崩れかけていました。もともとは、君主には君主にふさわしい振る舞い方があって、家臣には家臣の務め、親には親の役目、子には子の立場のようなものがあるとされていたんです。でも当時は、その区別が曖昧になってうまく働かなくなっていたんですね。
孔子は、こうした乱れを立て直すには、単純に厳しい罰則を決めて人々を従わせればいいとは考えませんでした。大切なのは、人が自分の立場にふさわしい振る舞いをして、相手への思いやりを持って、礼を守ることだと考えていました。ここでいう礼というのは、単純なマナーのことではありませんよ。挨拶の仕方や儀式の作法だけではなく、人と人との距離感の図り方や、社会の中でどう振る舞っていくべきなのかといったことを、形にしたものだったようです。つまり儒家は、法律よりも前に、人間そのものの在り方を整えようとした思想だったと言えると思います。
孔子は人間と社会をどう見ていたのか
儒家の土台を作った孔子は、人間というものを、最初から善だとか悪だとか、きっぱり決めつけてしまうような考え方はしていませんでした。それよりも孔子が強く意識していたことは、人がどう振る舞うかによって、社会の流れも秩序も大きく変わってしまうということでした。
たとえば、上に立つ人間が身勝手な振る舞いをして、下の者ばかりに厳しく当たって礼を失っている状況ならば、下の者は不満に思い国全体のまとまりは当然崩れていってしまいますよね。逆に、上に立つ人間が徳を持ち、その立場にふさわしい振る舞いをすれば、その徳が下の者にも広がっていくと孔子は考えました。
だから孔子にとって大切だったことは、法律や罰で外から抑えつけることよりも、徳や礼によって人としてのあり方を整えていくことだったんですね。人をきちんと育てて、その役割に応じたふさわしい行動を身につけさせて、当時の乱れた社会を立て直そうとしたのが、孔子の基本的な考えだったと言えそうです。
孟子はなぜ性善説を唱えたのか
孔子のあとに現れた孟子は、儒家の考えを受け継ぎながら、人間の本性についてさらに考えを進めて、はっきりした答えを出しました。それが、有名な性善説ですね。ただ、少し気を付けておかなければいけないのは、孟子が言った性善説の意味は、人は生まれつき善人であって完全に立派な存在だと言ったわけではないんです。ただ、人の心の中には、もともと善い方向へ向かう芽のようなものがあると考えたんです。
たとえば、目の前で小さな子どもが危険な状況になっていたとします。多くの人はその時の損得勘定は抜きにして、思わず助けたいと思ったり、実際に行動に移すこともありますよね。孟子は、そういうとっさの時に湧き上がる人の心の中に、人間の善さの原点があると考えていたんですね。
これを孟子は、惻隠の心、羞悪の心、辞譲の心、是非の心という四つの心で説明しています。具体的には、かわいそうだと思う気持ちのことを惻隠の心、不正を恥じる気持ちのことを羞悪の心、譲り合おうとする気持ちのことを辞譲の心、正しいか間違っているかを判断しようとする気持ちのことを是非の心と言います。孟子にとって人を教育していくということは、外から無理に押さえつけることではなくて、そういう善い芽を摘み取ってしまわないように、きちんと育てて伸ばしていくことだったんです。
荀子はなぜ性悪説にたどり着いたのか
荀子は、孟子と同じ儒家に属しているのに、人間の本性についてはかなり違う見方をしていました。孟子が、人の中にはもともと善い芽のようなものがあると考えていたことに対して、荀子は、人は生まれつき欲望を持っていて、そのままにしておけば争いが起こりやすいって考えていたんです。
たとえば、人は利益を追求するし、自分にとって都合の良いものを手に入れたがり、嫌なものは避けようとしますよね。それ自体は自然なことなんですが、皆がそれぞれ欲望のままに動いたら、物の奪い合いが起きたり、立場上の争いも起きて、社会はまとまらなくなってしまいます。荀子が見ていたのは、そういう人間同士のかなり現実的な姿だったんですね。
だから荀子にとって大切だったことは、人の内面の善さを見つけることよりも、礼や教育によってそれぞれが持つ欲望の暴走を抑えて、人が社会の中で生きていけるように、そのあり方を整えることだったのではないかと思います。性悪説というと少し冷酷な言葉に聞こえるんですが、荀子は人間を悪として見限っていたのではなくて、教育や各々の努力によって人は変われると考えていたんですね。

荀子と孟子は何がどう違うのか
ここまで見てくると、荀子と孟子はまるで別のグループの思想家のように感じられるかもしれませんね。正反対の意見のようにも見えますからね。でも実際には、この二人は同じ儒家に属しているので、社会の秩序を立て直したいという大きな目標については共通していたんですね。違っていたのは、その目標に向かうために、人間の本性をどのように考えるのかという出発点でした。
孟子は、人の心の中にはもともと善い芽があると考えていました。だから教育とは、その芽を大切に育てて、善い方向へ伸ばしていくということだったんですね。それに対して荀子は、人は生まれつき欲望を持っていて、そのままでは争いの方向へ進みやすいと考えていました。だから教育とは、その欲望をきちんとコントロールして、礼の方向へ導いていくことだったんです。
つまり孟子は、人の内側にある善さを引き出そうとしていたのに対して、荀子は、人の内側にある欲望を制御しようとしていたわけですね。
同じ儒家でも、人間観が違えば、教育の方向性も社会の立て直し方もかなり変わってくることがわかります。ただ、それでも二人とも最終的には、人を育てて社会を安定させたいと考えていた点では共通していたと考えられますね。
荀子の思想はなぜ重要なのか
荀子の思想が重要だと言われるのは、ただ性悪説を唱えたからではありません。むしろ主な理由は、荀子が人間の本性をかなり現実的な視点で見たうえでも、教育や礼によって社会を整えることができると考えたところなんですね。
孟子のように、人の中に善い芽のようなものがあることを信じる考え方は、とても魅力的です。でも現実の社会を見ていると、人はいつも理想どおりに動いているわけではありませんし、欲望や利害がぶつかって争いになることも少なくありません。荀子は、そういう人間の現実を直視していたからこそ、何もせずに放っておけば乱れやすい人間を、教育や習慣や礼によって整えていく必要があると考えたんです。しかもこの考え方は、のちの法家の韓非子にも引き継がれていきます。
韓非子は、荀子の弟子の一人とされていて、人間は欲望のままに動きやすいという見方を、さらに厳しく政治の仕組みにまで押し進めていきました。そう考えると、荀子は儒家の中の一人というだけではなく、儒家から法家へつながっていく流れの中でも、思想の橋渡しとしても重要な位置にいる人物だったと言えそうです。
荀子の性悪説は現代ではどう読めるのか
荀子の性悪説は、現代の感覚で見ると、少し厳しすぎる考え方のように感じられるかもしれません。でも、今の社会に置き換えて考えてみても、意外と納得できる部分も多いんですよね。
たとえば学校や会社でも、何のルールもなく、それぞれが自分の都合だけで勝手に動いてしまえば、すぐに周りから不満の声が上がったり、不公平感からの対立や衝突が起きてしまいます。家庭の中でも同じで、相手を思いやる気持ちが大切だとわかっていても、それだけで行動が伴わなければ、全部がうまく回るわけではありません。だからこそ、皆が共有できる約束事を決めておいたり、幼いころからのしつけや習慣として身につけさせることが必要になってくるわけです。
荀子が言いたかったのも、まさにそういうことだったのではないでしょうか。人は放っておけば欲望や感情に流されやすいからこそ、教育や礼によって自分を整える必要があるという考え方ですね。これは人間を悲観しているというよりも、むしろ人間の弱さを前提にしながら、それでも社会の中でうまく生きていく道を考えたものだと言えそうです。そう考えると、荀子の性悪説は、昔の中国思想というだけではなく、今の私たちの暮らしや人間関係にも意外とつながっているように思えます。
まとめ
言葉のイメージもあってか、孟子の性善説に比べると、荀子の性悪説という思想は、人間を最初から悪いものと決めつけた、かなり冷たい思想のように感じてしまうかもしれません。でもここまで見てきたように、荀子が本当に考えていたのは、人間を見限ることではなくて、人は放っておけば欲望や感情に流されやすい存在だからこそ、教育や礼によって自分を整えていく必要があるということだったんですね。
同じ儒家でも、孟子が人の内側にある善い芽を信じたのに対して、荀子は人間の弱さや現実的な姿を強く意識していました。ただ、どちらも最終的には、人を育てて社会を安定させたいと考えていた点では共通しています。そう考えると、荀子の性悪説は、単純に悲観的な思想というよりも、人間を現実的に見つめたうえで、どうすればよりよく生きられるかを考えた思想だったと言えそうです。今の社会や人間関係を見直すうえでも、荀子の考えにはまだ学べる部分が残っているのかもしれません。

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