レコード棚を眺めていると、時々時代の流れが見えてくることがあります
前回まで、日本に広がっていったテクノと、その周辺の音について書いてきましたYMOによって電子音は広く知られるようになり、そのあとにはニューウェーブのような少し違った形の音楽も生まれていきました
しかし、次第に日本ではテクノという言葉は少しずつ落ち着いたものになり始めていました
新しい音としての驚きは薄れ、別の音楽へと関心が移っていくような、そんな空気感もあったのではないでしょうか
ところが同じ頃、世界の別の場所では、その電子音がまったく違う形で使われ始めていました
アメリカのデトロイトです
この街は、モータウンの音楽で知られる場所でもありました
リズムを大切にした黒人音楽や、ファンク、ディスコといった流れが、すでに根付いていた街です
その一方で、工業都市としての無機質な風景や、夜の静けさも持ち合わせていました
そこで生まれた音楽は、これまでのテクノとは少し違っていて、メロディよりもリズム重視、装飾よりも反復
同じフレーズが繰り返される中で、少しずつ変化していくような、そんな音の作り方です

日本で広がったテクノポップやニューウェーブが、どこか人の気配や遊びを感じさせる音だったとすれば、デトロイトで生まれた音楽は、もっと無機質で、感情を抑えたような響きを持つものでした
踊るための音楽ではあるのですが、盛り上がるというよりは、同じリズムに乗り続けるような感覚に近かったのかもしれません
けれど、そのリズムの奥には、モータウンやファンクのような、身体で感じるグルーヴも残っています
電子音でありながら、どこか踊るための音でもある、そんな不思議なバランスを持っていました
同じ頃、シカゴではハウスと呼ばれる音楽も生まれていました
こちらはもう少し人の温度を感じる音で、デトロイトのテクノとは少し違う方向を向いていました
さらにそのあとには、トランスやユーロビートのような、同じ電子音を使いながらも、よりメロディを前に出した音楽も広がっていきます
こうして見てみると、これらの音楽はすべて別々のものというよりは、同じ流れの中で分かれていったもののようにも感じられます
ただ、その根底にある考え方は共通しています
機械的なリズムに繰り返されるフレーズ
人間の生演奏とは少し違う音楽の作り方
それは、クラフトワークから続いてきた発想でもありました
こうして電子音は、場所によって違う形を取りながら広がっていきます
そしてこのデトロイトで、その音楽は「テクノ」という名前で呼ばれるようになっていきました
ドイツで生まれた電子の音は、日本ではポップな音楽として広がり
アメリカで一つの音楽としての最終形を持つようになります
レコード棚の中に並んでいる音は、それぞれ別のもののようでいて
どこかでつながっているのかもしれません


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