去年の夏にXに投稿したものですが、今日ここにもあげておきます
陸前浜街道は哀しい
ときどき仙台で仕事があるんですが、先週末から行っていました
行きは時間に余裕が無いので、高速で向かいますね
千葉からなら東北道か常磐道、九州から直行する時は北陸道から磐越道経由で仙台入りです
仙台は街並みも綺麗だし、会う人は感じのいい方が多いので好きな街ですね
行きはいつもワクワクしながら向かってます
帰りは時間に余裕があることが多いので、国道を使ってゆっくり千葉に戻ることが多いです
山間の道で栃木の方に抜ける国道4号もありますが、海沿いの6号を使うことの方が多いですね
大抵は水戸市内をぬけて柏の方に向かうんですが、今回は大洗から鹿島の方に寄り道です
6号→246号→51号というルートです
仙台市内から暫くは4号を走りますが、直ぐに陸前浜街道と呼ばれる国道6号線に進路を変えます
この国道は柏にいる時もよく使うので馴染みの国道って感じです

この6号線で南進していく訳ですが、亘理をすぎる頃から、ちらほら空き家が気になり始めます
屋根や外壁が壊れ、その屋根の上には瓦が散乱しているので、震災のときのままだと思われます
帰宅困難地域では無いので、住んでいた人はあの時に居なくなったんでしょうか
割と新しい家屋でも同様の状態が見られます
そのまま相馬の方に向かっていくと、割と大きめの標識が繰り返し出てきます
浸水地域 ここから
浸水地域 ここまで
しばらく行くと、この標識も無くなり、浸水地域とだけ書いた別の標識に変わります
いまは田畑も住宅も店舗も、そんなこと知らないような顔で佇んでいます
標識は通行するわたし達に対して注意喚起の意味合いであるのだと思いますが
わたしには”忘れないで!”って言ってるような気がしてなりません
浪江町から双葉町辺りで、周辺の街はゴーストタウンのようになってきます
帰宅困難地域が始まるからです
自転車やバイクは走れないので、車の往来は激しいのですが、人影が有りません、生気が感じられなくなるんです
大熊町に入り原発にかなり近づくと、もう自然に同化しかけている家屋や店舗しか見えなくなります
かつては田畑であったと思われる土地は、草の密集した荒地となり、ただ工事中の国道の路側だけが妙に際立って見えるんです
桜の名所などの観光案内も朽ち果てかけていて、何度この道を通っても瞳が潤んでしまいます
富岡町に入り役場あたりでやっと人影が見られ、活気ある街並みが現れてきます
その後は普段見かけような田舎町や港町、活気のある商店や会社の営業所などがあって、令和の今があります
たださっきの区間は、時は止まっては居ないのですが、人がいないんです
いないと言うよりも消えちゃったんです
人がいない中で、街の風景だけの時が流れているんです
街並みが少しずつ自然に呑み込まれて、消えていってるんです
いまは戦後の頃と違い、放射能の影響や残留する放射線量が分かってしまうため、広島や長崎のような短期間での復興が難しいことも分かります
もっと昔に起きたチェルノブイリでも未だに手が付けられないところがありますから、福島が単に放置しているなんて決して思っていません
わたしは何も出来ないですが、ただこの国道6号線を通って、このことを考え、ほんの僅かでも被害に遭われた方々の哀しみや苦しみに同化できたらと思っています
次回もわたしは6号線を通ることになるでしょう


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