余桃の罪っていう故事成語があるんだけど知ってるかな?
字面だけ見ると桃を食べただけで何が罪なのって感じするよね
でもこれ、韓非子の中に出てくる話で、なかなかえぐいんよ
舞台は中国の戦国時代あたり
韓非子って、前にも出てきたけど、人はみんな善人だよねみたいな見方をする人じゃなくて、人の感情とか権力の動きなんてそんなにきれいなものじゃないでしょって感じで、かなり冷めた目で世の中を見てた思想家なんだよね
その韓非子が、人間関係とか権力者の気分の怖さを見せるために持ってきた話のひとつが、この余桃の罪ってわけ
話はわりとシンプルで、ある男が君主からすごく気に入られていたのね
それで、ある時に桃を食べていて、これはおいしいから君主にも食べてほしいと思って、自分がかじった桃を差し出した
普通に考えたら、いやそれはちょっと失礼じゃないって思うよね
でも、その時はものすごく愛されていたから、君主はそれを無礼とは取らなかった
むしろ、自分のことをそこまで思ってくれているんだって受け止めたんよ
ところが、関係が冷えたあとになると話は一気に変わる
今度は同じ行動が、食べかけを差し出すなんて無礼だってことになる
前は喜んでいたのに、あとからそれを罪として数えるわけよ
ここがこの話のいちばん怖いところなんだよね
つまり、行動そのものが変わったわけじゃないのに、相手の見方が変わっただけで評価がひっくり返るってこと

韓非子はここで、人の好悪とか権力者の感情なんて本当にあてにならないっていう現実を見せてくる
道徳のきれいごとを語るというより、立場が変わった瞬間に昨日までの好意すら罪になる
そういう世界の冷たさをそのまま出してくる感じかな
愛されている時は魅力として見られていたものが、嫌われた瞬間に欠点として数えられる
そんなこと、今でも普通にあるもんね
これって現代でもかなり刺さる話だと思うよ
職場でも学校でもSNSでも、同じことを言っているのに、この人が言うと許されて、別の人が言うと叩かれるみたいなことあるじゃん
あれって理屈だけで動いてるように見えて、実際は感情とか空気とか立場でかなり変わってくるんよね
人間って公平そうで、案外ぜんぜん公平じゃない
もちろん、だから人を信じるなって話にするのはちょっと違うかなと思う
ただ、人の評価って思っているよりずっと脆いし、関係性ってずっと固定されたものでもない
そこは頭の片隅に置いといた方がいいんじゃないかなって思うわ
昨日までプラスだったものが、今日もそのままプラスとは限らないし、逆に今の空気だけで相手を決めつけるのも危ないでしょ
余桃の罪って、ただの昔の変わった話じゃないんよ
好かれている時と嫌われた時で、人の見え方なんてこんなに変わるんだってことを、ものすごく冷たく突いてくる話なんだよね
韓非子、こういうところほんと容赦ないんだけど、だからこそ今読んでも妙にリアルなんよ
昔の話なのに、全然昔だけの話で終わらないのが強いよね


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