その“普通”って、誰が決めたの?

咲良のフィロソフィア

華恋:
ねぇ咲良さ、普通はこうでしょ?ってよく言われたりするけどさ、その普通って誰が決めてるの?

咲良:
いいところに気づいたわね華恋、その“普通”って、みんな当たり前みたいに使ってるけど、実はすごく曖昧なものなのよ

華恋:
でもさ、曖昧って言われてもさ、普通ってだいたい同じじゃない?
空気読むとか、人に迷惑かけないとかさ、そんな感じだよね
普通にいい人なんて言うこともあるよね

咲良:
確かにね、そういう考え方は広く共有されてるわね、ただそれが本当に正しいかどうかは別の話なの

華恋:
え?でもいい人ってそういう人でしょ?
ちゃんとしてて、周りに合わせて上手くやってる人

咲良:
そこなのよ、ニーチェっていう哲学者は、まさにそこに違和感を持ったの

華恋:
ニーチェ?なんか聞いたことあるかも
確か、神は死んだとか怖いこと言う人でしょ?

咲良:
そうそうその人よ、この人ね、若い頃からとても優秀で、大学の先生にもなってるのよ
でもいつもみんなが同じ価値観で生きてることに対して、強い疑問を持っていたのね

華恋:
みんな同じって、そんなに変かな?
それこそ普通なんじゃない?

咲良:
例えばね、本当は悔しいとか、負けたくないって気持ちがあるのに、それを押さえて我慢するのがいいことだって考えることあるでしょ?

華恋:
あ〜それはあるかも、言い返したらなんか感じ悪いし、とか思うしね

咲良:
ニーチェはね、そういう価値観の裏にあるものを見ようとしたのよ
本当は悔しいとか、負けたくないって気持ちがあるのに、そういう気持ちはよくないよねって思ってしまうことがあるって

華恋:
え〜それってちょっと負け惜しみみたいじゃない?

咲良:
少しきつい言い方だけど、ニーチェはそういう面もあるって見たのよ
つまりね、いい人でいることが、本当に自分の意思なのか、それともそうするしかないからなのかっていう問いなの

華恋:
うわ、それ言われるとちょっと考えるな

咲良:
でしょ、例えば周りに合わせてばかりいると、自分が何をしたいのか分からなくなることってあるでしょ?

華恋:
あるある、なんか気づいたら流されてる感じ

咲良:
ニーチェはね、そういう状態をそのままにしておくことにすごく違和感を持っていたのね、それって本当に自分で選んだことなんだろうか?ってね

華恋:
確かに、それが普通だからって言われると、あんまり考えずに従っちゃうかも

咲良:
そうなのよ、だからニーチェは、その当たり前そのものを疑おうとしたの

華恋:
普通を疑うって、なんかちょっと怖い感じするね

咲良:
確かに怖いわね、でもね、そこで初めて自分はどうしたいのかが見えてくるのよ

華恋:
なるほどね、ただ単純に普通に従うんじゃなくて、一回立ち止まるってことか

咲良:
そういうこと、ニーチェはね、みんなが信じている正しさやいいことが、本当に自分のものなのかを問い直そうとした人なの

華恋:
なんかさ、その人ちょっと極端だけど、言ってることは分かる気がする

咲良:
ええ、少し極端だけど、その分だけ私たちの当たり前を揺さぶってくるのよ

華恋:
じゃあさ、その人が言う正しさって結局どう言うものなの?

咲良:
いい質問ね、その話は次で出てくるわ、神は死んだっていう有名な言葉の意味ともつながってくるのよ

華恋:
それちょっと気になるかも

咲良:
じゃあ次はそこを一緒に見ていきましょうか

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